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士業の生成AI活用と守秘義務の両立
この記事でできるようになること読み終えると、士業の実務で生成AIをどの業務から使い始めるべきかと、その注意点が分かります。
士業は生成AIを「下書き・要約・分析の補助」として使い、税務・法務・監査の“最終判断”は必ず有資格者が担う——この一線を守れば、守秘義務と両立しながら資料作成や財務分析を大きく効率化できます。両立の鍵は3つ。(1) 入力内容を学習・保持させない設定にする、(2) 顧問先名・具体的な金額などの固有情報はマスキングしてから使う、(3) 会計士・税理士・行政書士で守るべき秘密の性質が違うため、それに合わせて社内ルールを調整する。汎用的な作り方は中小企業の生成AI社内ガイドラインの作り方を土台にし、本記事では士業向けの入力前チェックフローまで踏み込みます。どこまでルールを作り込むか・無料版のままで足りるか・いつ着手するかは事務所の状況で変わるので、「うちの事務所の場合」に自分に近い行を用意しました。
「便利そうだが、顧問先の情報を入れて守秘義務は大丈夫か」——税理士・会計士・行政書士の事務所に向けて、業務別の使いどころ、3士業で守るべき秘密の違い、安全な設定、入力前のチェックフローまで、現場目線で整理しました。
01 · Why
なぜ今、士業で生成AIなのか
士業の仕事は「調べる・まとめる・書く」の比重が大きく、その下ごしらえの部分は生成AIが得意とする領域と重なります。ここを機械に任せれば、有資格者は本来価値の高い判断・助言・対人対応に時間を回せます。生成AIは「専門家を代替するもの」ではなく、専門家が判断に集中するための道具——この建設的なフレームで捉えるのが、士業での活用の出発点です。
大事なのは、任せる範囲を最初から分けておくことです。生成AIは「もっともらしい文章」を非常に速く作れますが、その内容が正しいとは限りません。とくに税務・法務・監査の判断は、誤りが顧問先の不利益や信用の失墜に直結します。だからこそ、下ごしらえはAI、最終判断は人という線引きを、事務所として明文化しておく価値があります。
生成AIが得意なこと/任せてはいけないこと
- 得意(補助として有効):文書の構成案づくり、議事録・メールの下書き、長い資料の要約、論点の洗い出し、数値データの整理・傾向の言語化。
- 任せてはいけない(有資格者の領域):税務判断・税額の確定、法的な可否の結論、監査意見、顧問先への正式な回答・申告。これらは必ず有資格者が最終判断し、AIの出力はあくまで参考情報に留めます。
利用の広がりについて(統計は要確認)
士業でも生成AIの業務利用は広がりつつありますが、本記事では士業別の正確な利用率の数値は載せません(信頼できる一次ソースを確認できた範囲でのみ引用する方針のため)。数値を用いる場合は、公的機関や業界団体の最新調査など出典の明確なもの(調査時点を明記)に限って参照することをおすすめします。
02 · Use Cases
士業の業務別・生成AI活用マトリクス
「どの業務なら、どこまで任せてよいか」を一覧にしました。ここでの具体例は、会計士事務所での研修・伴走支援の現場で実際に扱ったユースケースを主軸にしています(税理士・行政書士の欄は一般論と公的情報にもとづく想定です)。任せてよい度が「中」以下の業務は、必ず有資格者が内容を検証してください。
表:士業の業務別・生成AI活用マトリクス
| 業務 | 活用例 | AIに任せてよい度 | 最終判断は誰か |
|---|---|---|---|
| 資料作成・提案書 | 構成案・たたき台の作成、体裁や言い回しの整え | 高 | 有資格者(内容の正確性を確認) |
| 議事録・メール下書き | 打ち合わせメモから議事録、返信文面の下書き | 高 | 担当者(送信・確定前に確認) |
| 財務・データ分析 | GPTsに財務資料を読ませ、数値の整理・傾向の要約・比較 | 中 | 有資格者(数値と解釈を検証) |
| M&A・経営調査の論点整理 | 公開情報の要約、論点の洗い出し、確認質問リストの作成 | 中 | 有資格者(結論・助言は人が) |
| 税務・法務・監査の判断 | (AIの回答は参考情報に留める。結論を委ねない) | 低(任せない) | 必ず有資格者 |
| 顧問先への正式回答・申告 | (下書きまで。確定・提出は人の責任で) | 低(任せない) | 必ず有資格者 |
※ 「任せてよい度:高」でも、事実・数値・引用は必ず人が確認します(ファクトチェック義務)。GPTsなどに顧問先の資料を読ませる場合は、後述の学習させない設定と入力前チェックが前提です。
03 · Confidentiality
3士業で「守るべき秘密」はどう違うか
効率化の考え方は3士業で共通ですが、守るべき秘密の性質は業ごとに異なります。それぞれ根拠となる法律に守秘義務が定められており、生成AIを使う際に特に注意すべき情報も変わります。自事務所がどの秘密を扱うかを起点に、社内ルールを調整してください。
表:3士業の守秘義務と生成AI利用時の注意点
| 士業 | 根拠法(守秘義務) | 守るべき秘密の性質 | AI利用で特に注意 |
|---|---|---|---|
| 公認会計士 | 公認会計士法 第27条 ※ | 監査等を通じて知り得た被監査会社の未公開情報 | 未公表の決算・内部情報を入力しない。監査先が特定できる記述を避ける |
| 税理士 | 税理士法 第38条 ※ | 顧問先の財務・所得・資産などの機微情報、個人情報 | 決算書・申告データ・マイナンバー等をそのまま入力しない |
| 行政書士 | 行政書士法 第12条 ※ | 許認可・在留・相続など業務上知り得た個人情報 | 申請書類の氏名・住所・在留情報等をそのまま入力しない |
※ 条番号は2026年7月時点で e-Gov法令検索で確認した参考情報です(公認会計士法27条/税理士法38条/行政書士法12条)。使用人・従業者にも守秘義務が及ぶ規定があり、法改正の可能性もあるため、正式には最新の条文と自会の会則・倫理規則をご確認ください。
04 · Settings
守秘義務と両立させる技術的な設定
守秘義務との両立は「気をつける」だけでは不十分で、ツール側の設定と契約で守りを固めるのが実務的です。ここでは特定のツールを推すのではなく、2026年7月時点で主要な生成AIサービスに共通する考え方を中立に整理します(各社の具体的な仕様・名称・提供状況は変わるため、導入時に最新情報を確認してください)。
① 学習オフ・履歴/保持オフ
多くの主要サービスでは、設定で「入力内容をモデルの学習に使わせない」「会話履歴を保存しない」を選べます。まずここをオフにするのが基本です。ただしトグルの名称・既定値・適用範囲はサービスや契約プランで異なり、無償版では学習に使われる設定が既定のこともあります。使う前に自分のアカウントのデータ利用ポリシーと設定を必ず確認してください。
② 顧問先名・金額・固有名詞のマスキング
設定に加えて、入力する文章そのものから機微情報を外すのが確実です。顧問先名は「A社」、金額は「◯◯円」や概算レンジ、氏名・住所・番号は伏せる——といった置き換え(マスキング)をしてからAIに渡します。分析の質はほとんど落ちず、万一の際のリスクを大きく下げられます。マスキングを定型化しておくと、事務所全体で徹底しやすくなります。
③ 法人契約・データ保護オプション
顧問先情報を日常的に扱うなら、法人向けプラン(Team/Business/Enterprise 等)の利用も検討に値します。一般に法人向けプランは「入力データを学習に使わない」ことが既定になっていたり、管理者による設定の一括管理・アクセス制御ができたりします。どこまで保護されるかは各社の契約条件次第なので、データの取り扱い条項を読んで比較するのが安全です。
05 · Before You Paste
【入力前チェックフロー】この情報、AIに入れていい?
迷ったときの判断を、5つの問いに落とし込みました。上から順に確認し、1つでも「危険側(NG)」に当てはまったら、マスキングするか、その情報の入力自体をやめる——これを事務所の共通ルールにすると、事故の芽をほぼ摘めます。
個人情報が含まれるか
顧問先・第三者の氏名・住所・連絡先・マイナンバー等が入っていないか。→ 含むならマスキング必須。
相手が特定できるか
社名・屋号・個人名など、顧問先が特定できる固有名詞が残っていないか。→ 残るなら「A社」等に置換。
未公開の情報か
未公表の決算・経営情報・申請中の案件など、外に出ていない情報か。→ 該当するなら数値・具体を伏せる。
ツールは安全な設定か
使うツールは学習オフ・保持オフ、または学習に使われない契約か。→ 未確認なら入力を止め、先に設定を確認。
漏れたら影響が出るか
万一この情報が外部に出たら、守秘義務違反や信用低下につながるか。→ 少しでも懸念があれば入力しない。
※ 判断に迷うものは「入れない」を既定にします。マスキングで足りるか判断がつかない情報は、有資格者に確認してから扱ってください。
06 · Your Case
「うちの事務所の場合」はどう考えるか
ここまでは3士業に共通する話でした。ただ実際には、一人事務所と補助者が5人いる事務所では、同じルールが要るわけではありません。「どこまで作り込むか」「無料版のままでいいのか」「いつ手を付けるか」は、事務所の状況で答えが変わります。自分に近い行だけ読んでください。
① 事務所の規模別:誰が決め、どこまで作り込むか
規模で変わるのは「守るべき秘密の中身」ではなく、ルールを口頭で回せるか、文書にしないと回らないかです。分かれ目は人数そのものより、自分以外がAIに情報を入力するかどうかにあります。
表:事務所の規模別・ルールの作り込み方
| 事務所の規模 | いちばんの詰まりどころ | ルールの作り込み度 | まず最初にやること |
|---|---|---|---|
| 一人事務所(有資格者のみ) | 規程よりも、自分の入力の癖。急いでいるときに生データを貼ってしまう | 文書は不要。入力前チェック5問だけ | 学習オフ設定と、よく使う定型のマスキング置換(顧問先名→A社)を決める |
| 2〜5名(無資格の補助者がいる) | ここが最大の分かれ目。口頭ルールが伝言で崩れ、「これは入れていいのか」の判断が人によってブレる | A4で1〜2枚。禁止情報の具体名を列挙するところまで | 「入れてはいけない情報」を顧問先の資料名で書き出す(決算書・申告データ・在留カード等) |
| 6〜20名(部門・担当が分かれる) | 部門ごとに使うツールと設定がバラバラになる。誰がどの設定か把握できない | ガイドライン+ツールと設定の統一 | 使ってよいツールを絞り、管理者側で既定値をそろえる(個人アカウント運用をやめる) |
| 20名超・複数拠点 | 新人・中途が入るたびにルールが薄まる。周知が一度きりで終わる | 規程化+入所時教育に組み込む | 入所時オリエンに入力前チェックを入れ、半年ごとの見直し担当を決める |
※ 人数は目安です。判断の実体は「自分以外がAIに情報を入力するか」で、ここを越えると使用人・従業者にも守秘義務が及ぶため、口頭ルールでは足りなくなります(根拠条文は3士業の比較表を参照)。
② うちは無料版のままで大丈夫か——扱う情報の条件別
「無料版か法人プランか」は本来プランの話ではなく、何を入力するかの話です。同じ無料版でも、入れる情報によって可否は変わります。自分が明日入力しようとしている情報がどの行かを確認してください。
表:入力する情報の条件別・無料版で足りるか
| 入力しようとしている情報 | 無料版(学習オフ設定済み)で足りるか | 判断の理由と条件 |
|---|---|---|
| 制度・法令の調べもの、一般的な文章の整え(顧問先情報を一切含まない) | ○ 足りる | 守秘義務の対象情報が入っていないため。ただしAIの回答自体は必ず一次資料で裏を取る(条文・通達・公的サイト) |
| マスキング済みの文章(社名→A社、金額→概算レンジ、氏名・番号は削除) | ○ 条件付きで足りる | マスキングが毎回もれなくできる場合に限る。急ぎのときに素通しになるなら、この行に留まっていない |
| 顧問先名を伏せた決算数値・試算表 | △ 要検討 | 数値の組み合わせや業種・規模から相手が推定できることがある。地域と業種が限られるほど特定されやすい。法人契約を推奨 |
| 申告データ・マイナンバー・在留情報・戸籍関係 | × 入れない | マスキングしても入力すること自体を避ける領域。プランを上げれば入れてよくなる情報ではない |
| 監査中の未公表決算・インサイダー情報 | × 入れない | 守秘義務に加えて金融商品取引法上の問題が重なる。法人契約でも入力対象にしない |
※ ○△×は法的な結論ではなく、実務上の運用目安として整理したものです。無償版は学習に使われる設定が既定のことがあるため、○の行でも学習オフ設定の確認が前提になります。最終的な可否は、自会の会則・倫理規則と顧問契約の条項をご確認ください。
③ マスキング運用でいくか、法人契約にするか
上の表で△以上が日常的に出るなら、次の分岐に来ます。判断軸は3つです。
- 顧問先情報に触れる頻度。 週に数回なら都度マスキングで回りますが、毎日となると手間が続かず、いずれ素通しが起きます
- 自分以外が入力するか。 補助者がいるなら、マスキングの徹底を各人の注意力に依存させないほうが安全です。管理者側で設定を固定できる法人契約に寄せる理由がここにあります
- マスキングを毎回できるか。 できない日がある前提で設計します。「気をつける」で埋める設計は破綻します
一人事務所で週数回ならマスキング運用で十分です。補助者がいる、または顧問先情報を毎日扱うなら法人契約に寄せて、マスキングは二重の保険として残す——この形が実務では続きます。どちらを選んでも入力前チェックはやめないでください。契約は「入力してよい情報の範囲」を広げるものであって、判断を不要にするものではありません。
④ いつ着手するか——士業の繁忙期から逆算する
士業は繁忙期がはっきり決まっている業種です。忙しい時期に新しいツールを入れると、ほぼ確実に「今はそれどころではない」で止まります。逆に、繁忙期の3〜4か月前に始めておくと、いちばん効かせたい時期に間に合います。
表:士業別の繁忙期と、着手に向いた時期
| 士業 | 主な繁忙期 | 着手に向いた時期 | その時期に仕込むと効くもの |
|---|---|---|---|
| 税理士 | 12〜3月(年末調整〜確定申告)/5月(3月決算法人の申告期限) | 7〜10月 | 顧問先への説明資料・案内文の下書き、面談メモからの議事録化。年末調整の案内文は10月までに型を作っておく |
| 公認会計士(監査業務あり) | 4〜6月(3月期決算の監査・株主総会)/中間期 | 8〜11月 | 公開情報からの論点整理、確認質問リストの作成。未公表情報は対象外なので、公開情報を扱う業務に絞って型を作る |
| 行政書士 | 許認可の年度末(1〜3月)に寄る分野が多い/案件次第で通年 | 6〜9月 | 申請書類の下書き・要件の整理・依頼者への説明文。個人情報はマスキング前提で型を作る |
※ 繁忙期は一般的な業務暦にもとづく目安です(確定申告の申告期間・3月決算法人の申告期限・株主総会の集中時期など)。取扱分野や顧問先の決算月の構成によって前後します。自事務所の場合は「いちばん忙しい月の3〜4か月前」に当てはめてください。
自分の行が決まったら、次の導入5ステップに進んでください。規模が小さいほどSTEP 01(ルール整備)は軽くて構いません。事務所全体で仕組みとして回す段階に入ったら、AIエージェントの内製化の考え方も参考になります。
07 · How to Start
士業事務所での導入5ステップ
いきなり全業務に広げず、低リスクな業務から段階的に広げるのが定着の近道です。次の5ステップで、守秘義務を守りながら現場に根づかせます。
ルール整備
士業向けのガイドラインを作る。「守るべき秘密」と入力前チェックを明文化する。
ツール選定
顧問先情報を扱う前提で、学習に使われない設定・契約を基準に選ぶ。
設定
学習オフ・履歴/保持オフ、アクセス権を設定。既定値を全員分そろえる。
試験運用
マスキング前提で、議事録・下書きなど低リスク業務から試す。
教育・見直し
全員へ入力前チェックを周知。半年ごとなど定期的に見直す。
汎用ガイドラインとの棲み分け
「目的・適用範囲・出力物の扱い・インシデント報告」といったガイドラインの骨格そのものは業種を問いません。その作り方・ひな形は中小企業の生成AI社内ガイドラインの作り方にまとめてあるので、まずはそれを土台にし、士業特有の「守るべき秘密」と入力前チェックを上乗せするのが効率的です。研修とセットにした頼み方は生成AI研修を頼むにはも参考にしてください。
08 · FAQ